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タコベイトの歴史

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タコベイトの普及活動

「漁業者の信頼を勝ち取ったタコベイト」

プロの漁師も驚くタコベイトの威力

商品の完成と、その販売とは別である。いかに優れた商品でも、これを普及させるためには違う苦労がある。
 苦節の末にタコベイトを完成させた楠太郎は、実験を兼ねて釣りに出掛けると、いつもほかの漁師の数倍の釣果を上げるようになる。不思議そうに近づいてくる漁師たちに楠太郎がタコベイトを見せると「こんなオモチャで釣れるはずは絶対にない!」と、擬似餌で釣っていることを断固として信じない。誰も知らない方法で、こっそり釣っていると思っていたのだ。
 しかし、漁師たちは実際の漁場で楠太郎の船に近づき、タコベイトで魚を釣り上げている姿を見て、もはや信じざるを得なかった。
「なるほど、嘘じゃなかった」。腕には自信のあるはずの漁師にとっても、開いた口がふさがらないほどの驚きであっただろう。

全国各地で講習会を開催

タコベイトの威力に自信を持った楠太郎は、その普及を行うため、昭和30年頃から10数年間にわたって全国各地で、計200回以上の実釣講習会を開く。
 当時の擬似餌の釣りは、今のようにレジャーで楽しむためではなく、漁業者がいかにして漁獲量を上げるかが最大の目的であった。
しかし、タコベイトを知らない漁師たちからしてみれば、楠太郎は単なる漁具の販売業者。そもそも、こんなオモチャのような擬似餌を使った釣り方は、見たことも聞いたこともない。当然、講習会では毎回のようにプロの漁師たちとの激論に明け暮れたという。
 講習会は一泊二日が基本で、初日に講義を行い、二日目は実際に海に出ての実釣となる。講義は魚の習性・生態の解説からはじまり、漁具の作製方法、その使い方、調整方法まで説明していく。現在と比べて、「漁を科学する」という心がなかった漁師にとっては、革命的なひとときであっただろう。

魚を根絶やしにしない釣り

そして翌日の実釣でも、漁師たちは驚きを隠せない。屁理屈よりも経験が一番と考える頑固な漁師たちが、かつて一流の漁師であった楠太郎の巧みな釣りとタコベイトの威力に舌を巻くのだ。
 講習終了後には、必ず「酒」が入るのが楠太郎流。漁師たちは酔うほどに気がほぐれ、楠太郎の巧みな話術に引き込まれていく。こうなると、つぎの開発のヒントとなる話もどんどん飛び出す。結局、楠太郎の発明の根底にあるのは、「相手(人であったり、狙う魚の生態)をよく知ること」なのである。
 なお、山下式漁法では網を使わない。網漁業は規模が大きくなるほど、魚を根絶やしにする恐れがあるためだ。心から海を愛し、日本の漁業の将来を思う楠太郎が網に手を出さない理由である。その点、タコベイトを使った漁法は網漁業のように大金を投資することなく、人手もかからない。しかも、活きたままの商品価値の高い魚を漁獲できる。稚魚や幼魚を一網打尽にすることなく、自然と調和しながら永く効率的な漁業経営を続けていけるのだ。
 全国で行った講習会も、商品を売るためというよりは一種の啓蒙活動であったし、現在のYAMASHITA&Mariaにおいても楠太郎の資源保護の思想は『アオリコミュニティー』などの活動に引き継がれているのである。

※アオリコミュニティーとは、皆さまにアオリイカ釣りを末永く楽しんでいただくため、弊社が漁業関係者や各団体と協力し行っているアオリイカを増やす活動です。

サケ・マスの釣りでもタコベイトが大活躍

あるとき、千葉県の水産試験所で行われたサケマス漁業会議に出席した楠太郎は、サケやマスを擬似餌を使った釣りで漁獲することを提案。それまでサケマス漁は網で獲るのが常識で、釣りでは獲れないと思われていたことから、これも大論争に発展することとなった。
「サケやマスもエサを食べる以上は、必ず釣りも成立するはずだ。それに、網漁は莫大な資本が必要になるが、擬似餌を使った釣りならとても簡単である」
 結局、楠太郎の意見が通り、実際にタコベイトを使った延縄(はえなわ)漁を試みたところ大成功となる。以来、サケマス漁では擬似餌を使った釣りが普及していくことになった。現在、北海道などでのレジャーのサケ釣りでもタコベイトを使った仕掛けが定番となっているが、これも楠太郎の発想と発明があったからこそなのである。

「日本で開発された擬似餌がワールドスタンダードに」

カナダやアメリカでも大絶賛!

タコベイトの生産を本格化するため、楠太郎は1959年(昭和34年)に山下釣漁具製作所を設立。1967年に特約店制度が発足した頃には、海外への輸出も飛躍的に伸びていた。カナダやアメリカの主な漁業であるサーモンのトローリングにおいて、タコベイトが非常に良い成果を挙げていたためだ。
 北米へタコベイトを導入できたきっかけは、缶詰会社に所属するサーモン漁船にタコベイトを使わせたことから。実際にタコベイトで釣ってみると、網で獲るよりも漁獲量が増え、しかも釣りで獲った鮮度のよいサケやマスは商品価値が非常に高かったのである。また、サーモン類にはキング、シルバー、コーホ、ソッカイなどさまざまな種類がおり、それぞれの魚種ごとに適した擬似餌のサイズやカラーがあるため、タコベイトの注文量も相乗的に増えていったのだ。

なお、タコベイトを海外に進出させるにあたっては、漁具におけるキャデラックのような高級感のある印象を与えるため、黄金のエサ=「ゴールデンベイト」というブランド名を考案。その名の通り、非常によく釣れるスペシャルな擬似餌として、広く北米に浸透したのである。

日本でも再評価されるタコベイト

 

 当時のカナダやアメリカにおいて、腕の良い漁師には日系居住民が多かったという。そして、彼らは故郷である日本の製品にはとくに愛着を持っていたようだ。
 ゴールデンベイトに関しても、それぞれが地域の指導者役となって北米での普及を大きく手助けしてくれた。結果的に、それまで当地のサーモン漁におけるスタンダード仕掛けであった「フーチィー」と呼ばれる毛バリはすっかり影を潜め、多くの漁業者がゴールデンベイトを使うようになっていったのである。
 この北米での高い実績を端緒として、タコベイトはソ連(ロシア)やアジア各国、欧州の一部にも普及していくことになる。そしてさらには、日本国内でもタコベイトの性能が再評価され、知名度も販売量も急激に伸びていったのだ。

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